「アメフトの行動経済学」は、アメフトで選手やコーチが下す意思決定を、行動経済学の理論で読み解く連載コンテンツ。今回取り上げるのは、同点に持ち込めるフィールドゴールを見送り、ギャンブルに出た2人のヘッドコーチの判断だ。同じ構造の局面でありながら正反対の結末を迎えたラムズとライオンズの実例を、行動経済学の「プロスペクト理論」と「自信過剰バイアス」という異なるレンズから解説する。
「フィールドゴールか、ギャンブルか」の局面
NFLでは、フィールドゴールを狙える位置まで進んだ攻撃陣が、確実な得点を選ぶか、より大きなリターンを狙ってギャンブルに出るか、判断を迫られる場面がある。とりわけ、ギャンブルが決まれば同点や逆転に持ち込める僅差の場面では、この判断にコーチの心理がよく表れる。ここでは、同じような構造の局面で対照的な判断・結末を迎えた2つの実例を見ていく。
実例1:ラムズの4th&1 ― プロスペクト理論から見る
何が起きたか
2025年10月2日、サンフランシスコで行われたロサンゼルス・ラムズ対サンフランシスコ・フォーティナイナーズ戦。レギュレーション終了時点で23-23の同点で、オーバータイムに突入した。先に手番を握ったフォーティナイナーズが41ヤードのフィールドゴールを決め、26-23とリードを奪う。
ラムズはRB(ランニングバック)カイレン・ウィリアムズを中心にドライブを進め、フォーティナイナーズ陣11ヤードまで前進。残り3:36、4th&1に立った。この位置なら、フィールドゴールを蹴れば26-26の同点に戻せる場面だった。ヘッドコーチのショーン・マクベイが選んだのは、フィールドゴールではなくギャンブルだった。ウィリアムズへのハンドオフでそのまま1ヤードを取り切ろうとしたが前進はゼロ。ダウンを消化し、そのまま26-23でフォーティナイナーズの勝利となる。
試合後、マクベイはフィールドゴールを検討したかを問われ、「いや。振り返れば、蹴っておけばよかったと思う」と認めた。さらに「これは自分の悪い判断だった」「あの場面での判断は良くなかった」とも語っている。
プロスペクト理論から見ると
プロスペクト理論は、心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが1979年に発表した意思決定理論。人は利益や損失を「基準点」からの変化として捉え、同じ大きさの変化でも利得より損失の方を強く痛みとして感じる(損失回避)。さらに、利得の局面ではリスクを避ける一方、損失の局面ではリスクを取ってでも損失を取り戻そうとする「危険希求的」な判断に傾く。
マクベイの「基準点」は同点だった。フィールドゴールを蹴れば26-26――これは確実な利得ではなく、あくまで基準点への復帰にすぎない。3点ビハインドという損失の局面に置かれたマクベイが、確実な同点ではなく、より大きなリスクを伴うギャンブルに引き寄せられたこと自体は、プロスペクト理論に照らせば理論的に理解できる反応だ。だが本人が試合後に認めた通り、これは「悪い判断」でもあった。
実例2:ライオンズの4th&3 ― 自信過剰バイアスから見る
何が起きたか
2024年1月28日、サンタクララで行われた第58回NFCチャンピオンシップ、デトロイト・ライオンズ対サンフランシスコ・フォーティナイナーズ戦。前半を17点リードで折り返したライオンズだったが、後半にフォーティナイナーズが猛追し、第4Q半ばの時点でスコアは27-24とフォーティナイナーズが逆転していた。
ライオンズはフォーティナイナーズ陣30ヤード付近まで前進し、4th&3を迎える。フィールドゴールを狙えば48ヤードとやや距離のあるキックだが、決まれば27-27の同点に戻せる場面だった。ヘッドコーチのダン・キャンベルが選んだのは、フィールドゴールではなくギャンブルだった。WR(ワイドレシーバー)エイモン・ラ・セントブラウンへのパスは不成立に終わり、そのまま34-31でフォーティナイナーズが勝利した。
試合後、キャンベルはこの判断について「コンバートできる、そして流れを取り戻して、相手にロングボールを許さずに済むと、本当に強く感じていた」と説明した。さらに「あの判断を後悔はしていない。うまくいかなかった、それだけのことだ」とも語り、根拠として、レギュラーシーズンを通じたライオンズの、敵陣でのフォースダウン(4th&3以下)のコンバート成功率が15/18(約83%)に達していたことを挙げている。
自信過剰バイアスから見ると
自信過剰バイアス(overconfidence bias)は、自分自身の判断・能力・成功確率を、客観的な実績以上に高く見積もってしまう心理的傾向を指す。心理学の較正(キャリブレーション)研究では、自信度が高くなるほど実際の的中率との差(自信過剰の幅)が広がりやすいという傾向が確認されており、「ハード・イージー効果」と呼ばれている。
キャンベルの自信は、根拠のない思い込みではなく、シーズンを通じた実際の成功率という具体的なデータに裏打ちされていた。しかし自信過剰バイアスの本質は「データに基づかない自信」ではなく、「特定の1回の状況に対して、実績以上の確信を持ってしまうこと」にある。15/18という数字は、対戦相手・試合展開・守備のプレッシャーがそれぞれ異なる18回分の平均であり、この1回(第4Q終盤、フォーティナイナーズの守備がすでに研究し尽くしていたであろう状況)に、その平均値をそのまま当てはめてよい保証はない。
同じ局面、分かれた結末
マクベイとキャンベルが直面した局面は、構造としてはほぼ同じだ。僅差(3点差・同点圏内)の終盤、フィールドゴールなら同点に戻せる位置で、ギャンブルを選んで失敗した。しかし2人の語り口は正反対だった。マクベイは「蹴っておけばよかった」と明確に後悔し、キャンベルは「後悔はない」と言い切った。
この違いは、それぞれが自分の判断をどう捉えていたかに表れている。マクベイの言葉には、ビハインドという損失の局面で「基準点(同点)に戻りたい」という心理に流された、という自覚がにじむ。一方キャンベルの言葉には、根拠となる実績データへの信頼がにじむ。同じ「同点圏内でのギャンブル」という場面構造でも、コーチ自身がその判断をどう語るかによって、プロスペクト理論寄りにも自信過剰バイアス寄りにも読める、という点がこの2つの実例を並べる面白さだ。
アナリティクスの視点から見ると
NFLのアナリティクス研究では、ヘッドコーチは全般に保守的すぎる、つまりフィールドゴールやパントを選びすぎる傾向があることが繰り返し指摘されてきた(経済学者デイヴィッド・ローマーの2006年の研究など)。この物差しに照らせば、2人の「ゴーフォーイット」という選択自体は、方向性としては理にかなっている。4th&1・4th&3という短い距離のコンバート成功率は、リーグ全体で見ても比較的高い部類に入る。
問題は、ギャンブルという選択そのものではなく、その場面固有の状況(残り時間、相手の守備の準備、疲労、失敗時のリスクの大きさ)を、判断の瞬間にどこまで正確に織り込めていたかという「判断の精度」にある。プロスペクト理論も自信過剰バイアスも、「なぜそのバイアスが働きやすかったか」を説明する枠組みであり、「その判断が正しかったか」を直接判定するものではない。
まとめ
ラムズとライオンズの4thダウン判断は、同じ「フィールドゴールか、ギャンブルか」の局面が、コーチの心理次第でまったく違う物語になることを示している。同点という確実な選択肢を前にしても、損失を取り戻したい心理(プロスペクト理論)や、実績に裏打ちされた自信の過大な一般化(自信過剰バイアス)が、よりリスクの高い選択を引き寄せる。2人のコーチの語り口の違いは、この2つのバイアスが表面に現れる形の違いを、そのまま映し出している。
- NFL.com ― Rams' McVay explains decision to go for it on fourth down in overtime loss to 49ers
- Fox News ― 49ers outlast Rams in overtime thriller on Thursday Night Football
- therams.com ― Rams-49ers Week 5 overtime recap
- CBS Sports ― 2024 NFC Championship: Lions' Dan Campbell explains why he doesn't regret fourth-down decisions vs. 49ers
- Yahoo Sports ― Dan Campbell explains controversial decision
- NFL.com ― Jared Goff on Lions' collapse against 49ers: 'There's a state of shock'