「アメフトの行動経済学」は、アメフトで選手やコーチが下す意思決定を、行動経済学の理論で読み解く連載コンテンツ。今回取り上げるのは、統計的には明らかに正しかったはずの判断が、結果が悪かったというだけで「愚かな判断」と酷評された、あるヘッドコーチの4thダウン判断だ。なぜ「正しい判断」がここまで手厳しく裁かれるのかを、行動経済学の「結果バイアス」から解説する。

「パントか、ギャンブルか」の局面

NFLでは、4thダウンで安全に陣地を確保するパントを選ぶか、それとも攻撃続行を狙ってギャンブルに出るか、という判断が長年議論の的になってきた。実際の成功率やアナリティクスが示す期待値に照らすと、NFLのヘッドコーチは長らく「必要以上にパントを選びすぎている」と指摘され続けている。2019年シーズンには約54%だったギャンブル率が、2024年シーズンには71%(過去最高)まで上昇しているというデータもあり、近年はアナリティクスの浸透とともに徐々に積極化が進んでいるが、この変化は一夜にして起きたものではない。ここでは、統計的に見て明らかに「正しい」ギャンブルの判断が、実行されてなお酷評された2009年のある一戦を見ていく。

実例:ペイトリオッツの4th&2 ― 結果バイアスから見る

何が起きたか

2009年11月15日、フォックスボロで行われたニューイングランド・ペイトリオッツ対インディアナポリス・コルツ戦。第4Q終盤、残り約2分の時点でペイトリオッツが34-28とリードしていた。

自陣28ヤードで4th&2に立ったペイトリオッツ。ヘッドコーチのビル・ベリチックが選んだのは、パントではなくギャンブルだった。QBトム・ブレイディからRBケビン・フォークへのパスは1ヤードの獲得にとどまり、ファーストダウンにわずかに届かず、ボールはコルツに渡った。コルツはわずか4プレーでタッチダウンを決め、35-34の逆転勝利を収める。

試合後、ベリチックは「あのプレーで試合に勝とうとした。あの1ヤードは取れると思っていたし、実際いいプレーができて、パスも通った。それでヤードを取れなかったことが理解できない」と、プレー自体への自信を語った。一方この判断は、当時のメディアから「見てきた中で最も常軌を逸した判断の一つ」(NFL記者イアン・ラポポート)と酷評された。

結果バイアスから見ると

結果バイアス(outcome bias)は、ある判断の良し悪しを、判断が下された時点で得られていた情報や期待値ではなく、その後の結果だけで評価してしまう心理的傾向を指す。心理学者ジョナサン・バロンとジョン・ハーシーが1988年に発表した研究で示された、意思決定研究における古典的な概念の一つだ。

判断そのものの質は、結果に関わらず変わらない 同じ判断 (期待値:ギャンブル79% vs パント70%) 結果:成功 → 称賛される 結果:失敗 → 酷評される
結果バイアスの概念図(典型的な傾向を模式的に示したもので、特定の実データではない)。判断そのものの期待値(点線と中央の点)は結果が出る前後で変わらないにもかかわらず、実際の評価は結果次第で称賛にも酷評にも大きく振れる。

ベリチックの判断は、当時の win probability モデルでも支持されていた。Brian Burke(Advanced NFL Stats)の分析では、ギャンブルの勝率は79%、パントの勝率は70%と、9ポイントの差でギャンブルに軍配が上がっていた。Frank FrigoのZEUSモデルでも同様に、ギャンブルが優位という結果が出ている。つまりこの判断は、判断が下された瞬間の情報に基づく限り、統計的にはむしろ「正しい」選択だった。

それにもかかわらず、パスが1ヤードに終わりファーストダウンを逃した瞬間、この判断は「常軌を逸した」ものへと評価が反転した。判断そのものの期待値は、プレーが成功しても失敗しても変わらないはずだが、実際に下される評価は結果次第でまったく別物になる。これが結果バイアスの働きだ。

アナリティクスの視点から見ると

この結果バイアスは、単なる一晩の出来事では終わらない構造的な問題でもある。BYUの統計学者ネイト・サンドホルツ教授が、逆最適化の手法でNFLコーチ85人の4thダウン判断を分析した研究では、コーチの判断は勝率だけでなく「評判・自身の経験・オーナーやマネジメント、ファンからどう見られるか」に左右されていることが示されている。行動して失敗すれば強く非難されるが、パントという「何もしない」選択で同じ結果を招いても、そこまで強くは非難されない――この非対称な非難のされ方が、コーチを必要以上に保守的な判断へと導く一因になっている。

実際、Yam & Lopezが2019年に発表した因果推定の研究では、2004年から2016年までの13シーズンで、アナリティクスモデルがギャンブルを推奨した局面のうち71%で、実際にはパントが選ばれていたことが示されている。この研究は、より積極的な4thダウン戦略を採っていれば、13シーズンで合計約4.7勝(年間平均0.4勝ほど)を上乗せできていたと推定している。冒頭で触れた「2019年の54%から2024年の71%」という上昇は、こうした構造的な保守性が、アナリティクスの浸透とともに少しずつ崩れてきていることの表れとも言える。

まとめ

ベリチックの2009年の4th&2は、判断そのものの質と、判断への評価が、必ずしも一致しないことを鮮やかに示す実例だ。統計的に正しい判断であっても、結果が悪ければ「愚かな判断」として記憶される。この非対称性を恐れるコーチが保守的な選択に傾くのは、ある意味で合理的な反応でもある。だからこそ、プレーの結果ではなく、判断が下された時点の情報と期待値に基づいて評価する視点を持つことが、コーチの判断を正しく理解するうえで欠かせない。

観戦のヒント: ギャンブルが失敗した直後の実況・解説の「愚かな判断だ」というコメントは、結果バイアスがかかっている可能性がある。その判断が下された時点の期待値(成功率・点差・残り時間)に立ち返って評価してみると、また違って見えることがある。
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フィールドゴールとギャンブルのようなリスクとリターンを天秤にかける判断について、基本的な分類は以下で解説している。